【HSP婚活失敗体験パート4】モラハラ・浮気・借金強要しながら逆ギレの最強ダメンズを引き寄せる

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HSS(High-Sensation-Seekers)型という刺激探求型HSPさんのわたし。
マッチングアプリで婚活を始めてから、計4人の男性と会ってきました。

【HSP婚活失敗体験パート1】マッチングサイトにたどりつく

【HSP婚活失敗体験パート2】自己肯定感が低いと出会うダメ男

【HSP婚活失敗体験パート3】またもやダメンズ4人目はちょっと見エリート

自己否定感を抱えたHSPのわたしが次に出会った男性はというと…。
モラハラ・浮気・借金のダメンズ年下男。

今回はダメンズ年下男により私が身も心も財布もボロボロになるまでをお話しします。
あの時は、見事にボロボロになりました…。
わたしの経験が皆さまの幸せのヒントになれば幸いです。

パワハラ上司から離れるために婚活再開

婚活4人目のちょっと見エリート男性と別れた後はつかれきってしまい、婚活からしばらく離れていましたが、あることがきっかけで婚活を再開しました。

そのあることとは、会社で店長から平社員へ降格させられたことでした。
もう10年、大手エステサロンに勤務し、何年も各地で店長をし、本店店長もやりぬきました。
名古屋や静岡、浜松、千葉などをふくめ、東京から各地に転勤もしました。
店長としての自信と会社に貢献してきたプライドがありました。
それなのに、突然の店長降格と異動命令。

「今まで会社に人生をささげてきたのに…。」
自分の努力を否定されたような気持ちでとてもショックでした。
役職を外されお給料も減り、将来への不安も感じました。

HSPですから、ふだんから職場に慣れるまではとーっても疲れます。
店舗が変わるたびに緊張のあまり、下痢やじんましんなどを引き起こしてきました。
さらに今回の勤務先はとても忙しく、12時間勤務も当たり前というブラックな環境。
そして今までは経験がなかったようなお客さまとのトラブルや、上司への違和感…。
今だから言えるのですが、最悪の上司でした。
(会社側から見たら売上成績がいいので最悪ではなかったのでしょう)

彼女は部下を「奴隷」のように扱い、暴言を浴びせたり、無理な指示を強制していました。
今でいう、パワハラですね。
また、お客さまを「金づる」とでも言うような発言をしていました。
口の達者な美人で、営業成績はいいのですが、ほんとにイヤな人でした。
そんな上司でしたから、うつ気味になる同僚も数名いましたし、「辞めたい」と相談しても、うやむやにして辞めさせないようにしていました。
(10年以上前ですが、今でしたら犯罪行為ですね)

そんな職場ではとうぜん仕事にモチベーションを見いだせず、かといって他に何かやりたいことがあるわけでもありませんでした。
そのようなわけで、人生に希望を見出そうと婚活を再開したのです。

結婚願望のある年下男性と出会う

婚活方法はまたマッチングサイトですが、今度は前とは別のサイト。
そのサイトの宣伝文句は「結婚をまじめに考えている男女が多く利用」「安全」ということでした。
以前のサイトは遊びの人や変な人も多かったから…。
「ここなら嘘をつく人や遊びの人があまりいないだろう」と考え、婚活をスタートしました。

この時は今までの失敗をふまえ、「結婚を見据えて」という大前提のもと、あまり「条件」をしぼりこみ過ぎずに、「フィーリングが合う人」を意識しました。
結果、まじめそうな年下の男性とメッセージのやり取りが続きました。

結婚願望がある、年下の男性。
それもかなり積極的。
今まで年下なんて考えてもみなかったけれど、彼が積極的であったこともあり
「これもチャンスかもしれない」と期待し会うことにしました。

初めて会ったのはどこだったのか…、今はまったく思い出せません。
その後の記憶があまりにも衝撃的だったからなのかも…。

覚えているのはメッセンジャーバックにたくさんの本がギュウギュウ詰めに入っていて「勉強家なんだ」と思ったこと。
結婚願望が強いとアピールしていたこと。
「男性で結婚願望が強いと正直に言うなんて新鮮だわ」と思いました。

今まで出会ったことがないタイプでよくわからないけど、思い切って進んでみようと思いました。
(婚活中はわたしのHSS型気質が強く出ていました)

正直な年下男は会って1度目か2度目に「きみの部屋に行きたい」とさらに直球を投げてきました。
その直球ぶりと押しの強さでわたしに考える余地を与えないというか…。

押しまくられて断り切れず、ついOKしてしまいました。

年下男はわたしの想像を超える変なヤツでした。

たとえば、直球過ぎるところ。
会ってすぐ「きみの部屋に行きたい」と言っただけでなく、「自分はうつ病でカウンセリングにも行き、薬を飲んでいる」と衝撃告白。

変なところはまだまだあるので聞いてください。

出会って2回目くらいで部屋を借りて同棲しようと言ってきました。
「ええー!もう同棲ですか!?」と戸惑いました。
まだ2回目くらいですよ!?

預金通帳を見せながら、「自分の貯金は今、これぐらい。あなたの貯金はどのくらいあるの?二人の収入を合わせて計画を立てよう」
とどんどん話を進めました。

「過去の彼女は森ガールで…」と今までの女性遍歴をわざわざ詳細に教えてくれました…。(森ガールって今はないですね 笑)
自分のことをマザコンと言っていました。
たしかに母親の話題が多かったです…。

会ったばかりの時からこのように、ほんとうに変なヤツでした。
違和感を感じはしましたが、「まずはつき合ってみないとわからないから」
と受け入れてしまいました。

こんな変なヤツをどうして受け入れてしまったんだろう?

それは、新たな生活に期待をしてしまっていたから。
仕事へ希望は閉ざされ、かといって
「これから何をしていいかもわからない」
という行き詰まり状態のわたし。

そのため「同棲から結婚」という流れに期待してしまっていたのでした。

また、年下男のあまりの変人ぶりに驚きましたが、
「誰にもそういう面があるし、そういう面を受け入れていかないと誰とも付き合えないよね?」
と自分に言い聞かせました。

直感が伝える違和感を無視してしまったのです。

結婚の期待のために奥でひそかに感じていた違和感を無視してしまったことにより、あとでほんとうに大変なことになるなんて、その時は思いもよりませんでした…。

出会ってすぐに同棲始まる

数日後、一緒に住むことに同意しました。
そして年下男は部屋を探しに行き、一人で勝手に部屋を契約してきました。
部屋を見つけてくれたのはありがたいけど、なんの相談もなしに一人で部屋を契約しちゃうっておかしいですよね?
わたしと休みが合わないから一人で行ってきた、という理由でした。
「ちょっと勝手すぎない?」と嫌な感じがしましたが、波風を立てたくありませんでしたので、何も言いませんでした。

このとき、わたしは感じたことを伝えずに飲み込んでしまいました。
これがわたしのこれから続くしくじりの最初でした。

しかし同棲してよかったこともありました。
経済的な不安が消えたことです。
お給料が減り、仕事に希望が見いだせなかったため、将来への不安がありました。
しかし年下男が家賃を、わたしがそれ以外の生活費を出すという分担により、経済的に少し楽になりました。

HSPさんは経済的な面で心配しすぎたり、不安を持ちやすい傾向にあります。
もともと「非常に慎重で危機管理を重要視する」特徴があるため、将来に対し不安を持ちやすいのです。

この時は経済的に支え合える点から見て、パートナーがいるのはありがたいと思いました。

しかし、高校を卒業してからずっと一人暮らしで、かつ繊細でしたので、誰かと暮らすことに恐れや不安がありました。

しかし、「結婚したい」という期待とともに「えいっ!」と同棲生活に飛び込みました。

すぐに「両親に紹介する」とわたしを実家に連れていきました。
また、「君の両親に挨拶する」といって、南房総のわたしの実家までやってきました。

あまりの展開の速さで、「こういうこともあるのかなあ」と流され、巻き込まれていきました。

休みの日は二人で食べる夕飯を用意したり、彼のシャツを洗濯して干したり…。
同棲生活という新しい暮らしのリズムに少しずつ慣れてきて、当初は共同生活に不安がありましたが「誰かと暮らすのもいいものだ」と思い始めました。

しかし、それもほんのつかの間。
だんだんと年下男といるのに違和感を感じてきました。

まず、あまりにも性欲が強すぎてそれを押し付けてくること。
こちらが「疲れているから今度」と言ってもおかまいなしに求めてくる。
自分の欲求を最優先させる人でした。
最終的にはいつもわたしが折れてしまっていました。
口では「好き」と言っていても、わたしは大切にされている感じがあまりしませんでした。

また、年下男は何かにつけて持論を強制し、窮屈に感じることがよくありました。

ちょうどそのころ、母が股関節の手術をすることになり、とても不安だったため年下男に相談したところ、「セカンドオピニオンをとったほうがいい」としきりに勧めてきました。

セカンドオピニオンなど考えたこともなかったため、とても抵抗がありました。
彼はまるで何かと戦っているかのように、セカンドオピニオンを取るべき病院を調べ、そうするようにせまってきます。
「そこまでする心の準備ができていないよ」とわたし。

「心の準備とかそんなことを言っていたら何もできないよ?」と年下男。

「母の気持ちや間に入るわたしの気持ちも尊重してほしい」と伝えると、年下男は持論をまくしたてる…。

結局セカンドオピニオンを取りましたが、それが結果としてよかったとは思えませんでした。
主治医の信頼を裏切るようなかたちになってしまいましたし、年下男はわたしや母のためにそうしようとしたのではなく、おそらく、「セカンドオピニオンをするべきだ」という考えに固執していたからだと思います。

また、年下男はとつぜん難しいテーマをぶつけてくることもありました。

「いつか君が妊娠したら出生前診断をしよう。もし障害があったら産む?産まない?」
などと聞いてきます。

今までそのようなことを考えたことはありません。

「まだ先のことだし、わからない」と答えると
「そんなんじゃダメだ、ちゃんと考えないと」と怒ってくるのです。

「君はもっと勉強するべきだよ」とよく言われました。
その言い方はあまりにも威圧的でした。

このようなことから、
わたしの自己否定感が少しずつ刺激され、大きくなっていきました。

他にも、違和感を感じたことがあります。
元カノの話をよくしてきました。

「過去に妊娠させてしまったので中絶した。その時の費用は10万円。それでね…。」
そんなこと知りたくもないですよね。

「彼女には何でも知っておいてほしい」
ということが彼の言い分でした。

「そういうものなのかなあ?受け入れるべきだよね…」と違和感を感じながらも、しかたなく聞いてあげていました。

相手が聞きたくない話をきかせるって、今ならサイテーな行為だと思います。
過去の彼女の話なんて、聞きたい人いないですよね?(相手の過去を知りたいと望みすぎるのは依存や束縛を起こしかねないので注意が必要です)

しかし、当時のわたしは「そんな話聞きたくない」とシャットアウトできませんでした。

年下男のペースに、わたしのメンタルはじわじわとやられていきました。

会社を退職、パートナーがいて良かったと一瞬だけ思えた

パワハラ上司だったので辞める際は大変でしたが、ようやく退職できました。
「経済的なことはひとまず彼がいるから大丈夫」と思えたことで、辞める勇気をもらったと思います。

次の仕事は何をしていいかもわからなかったので、「まずは辞めて、何か新しい専門分野の勉強をしよう。それから考えよう」ということにしました。

最終出勤日を終えてで帰宅すると、彼がワインとステーキを用意して待っていました。
おめでとうと喜んでくれました。
この時だけは
「パートナーがいて良かった。応援してくれる人がいて良かった」
と思いました。

しかし、良かったと思い安心感が持てたのも、ほんの一瞬のことでした…。

浮気を告白される

わたしが退職してからのある日、年下男がめずらしく酔っぱらって帰ってきたときのこと。
「この前、元カノと寝た」と告白。
「え?」
最初は何を言っているかわかりませんでした。

「連絡を今でも取りあってて、会おうってなったの。会ったらね…」

年下男は話し続けます。

聞きたくない…。
なんで元カノと連絡とってるのよ…。

聞いてもいないのに、浮気したときの状況を詳細に話し続けます。
わたしの頭は真っ暗。
お腹がギュウっとしめつけられました。

「だまっていれば気づかなかったのに、どうして話すの?」とわたし。
「彼女にはなんでも知っておいてもらいたいから。」と年下男。

「甘えるなー!信用できないヤツはそばにてほしくない!」
と今ならば追い出すところ。

しかし、当時のわたしは自己否定感があり、仕事も辞めて先が見えない状況で、それはできませんでした。

浮気した年下男とどうケンカしていいかもわからない…。
わたしに残っているのは結婚への希望だけ。
このまま同棲を続けるしかありませんでした。

この浮気告白により、わたしは心にとても深いダメージを負いました。
ものすごく傷つきました。
わたしの心と体がおかしくなり始めたのはこの頃からです。

会社に脅迫メールを送る年下男

私が退職してからすぐのある日、突然、年下男は会社を辞めてきました。
そこで働き始めてまだ数か月の会社でした。
なんでも、社長のやり方に対して不満があるとのこと。
わたしになんの相談もなく突然のことでした。

「え…、わたしが仕事を辞めたばかりなのに、これから生活はどうするの?」
と言いましたが、会社に対し怒っている年下男は聞く耳を持ちません。
ずっと会社への文句を言い続け怒っていました。

労務関係に関しての不満があったようで、その会社に対して脅迫まがいのメールまで送っていました。
ものすごい剣幕で会社側と電話で話す年下男の声を聞いているだけで、とても怖くなりました。

まさに「HSPさんが距離を置いた方がいいタイプの人」でしたが、当時はそのような知識がありませんでした。
年下男の怒りのエネルギーはとても怖かったです。
わたしの心の奥底に、年下男への恐怖が植え付けられていきました。

その後、帰宅すると年下男が寝込んでいることが増えました。
テーブルは食べたものや食器を散らかしたまま…。

「食べたら片づけてね」と言っても、「ムリ」とバッサリ言いきり、ベッドから出ようともせず、結局わたしが一人で片づける…。
「ごめんね」「ありがとう」も言われない、こんなことが続きました。

これが「うつ病なんだ…」と思い知りました。

このままどうなってしまうのだろう?
浮気によるショック、年下男のうつ病の悪化、経済的な不安でわたしはますます精神的に不安定になっていきました。

当時はマッチングサイトで出会った恥ずかしさもあり、婚活していたことは誰にも言っていなかったため、相談できる人がいませんでした。

一人でモンモンと不安になっていました。

「このままじゃ経済的に不安だから、まずは仕事をみつけなくちゃ!」と決心しました。

人からある化粧品メーカーを紹介していただき、すんなり就職先が決まりました。

「よかった、ひとまず仕事が見つかった」
とわたしはホッとしました。

でも安心したのもつかの間でした。
「個人事業主として独立する。仕事部屋を借りるからお金を貸して」
と年下男は言ってきました。

威圧的にお金をむしりとられる

衝撃でした。
「お金を貸してほしい」と言われるなんて…。
とても怖く、イヤな感じがしました。

「就職するより独立した方がプログラマーは稼げるから君には応援してほしい」

「家族になるんだから、パートナーを経済的にサポートするのは当然じゃない?」
と年下男。

年下男に段々とマインドをおかしくされていったので、この時「別れる」という選択肢が思いつきませんでした。

なんとなく嫌な感じや心に抵抗があったにもかかわらず、その気持ちをまたもや無視してしまいました。

結局は年下男にお金を貸してしまったのです!

それも、一度ではなく、何度も…。

「お金貸すなんてできません!さよなら!」と今なら普通に思えるのですが、当時を思い返すと、このとき、わたしはそうとう精神的にやられていました。

年下男の機嫌が悪いことが多く、わたしは毎日おびえていました。
ドアのかぎがガチャガチャと音がするたびに、わたしは「ビクッ」としていました。
ドアを開け家に入ってくる年下男の顔がとても恐ろしく、心のこもっていない「おかえり」を言うのがやっとでした。

年下男の会話はいつも何かの悪口や不満を言っていました。

年下男があまりにもおかしなことをいっているときは「違うんじゃない?」と言ったこともあります。
ですが反論すると、下手に知識があるため何倍にもなって言い返される…。
その言葉には軽蔑や怒りの色が見え、わたしは怖くなっていきました。
そのようなことが続きました。

この頃のことを、別れた後たまたま見つけた年下男の日記にこう書いてありました。
「さゆりがプチうつになっている。言動が悲観的でこまる」
みたいなことが書いてありました。

今ならば「お前のせいだろ!」と言えますが、当時のわたしはそれができませんでした。「ああ、年下男を支えたつもりだったけど、こんなふうに思っていたんだ…」と悲しくなりました。

年下男はわたしが貸したお金で都内のどこかに事務所のための部屋を借り、そこに寝泊まりできるようにと家具を買いそろえました。
家具を買った時点で、「年下男とはもうダメかも」と感じました。

予想通りにあまり帰ってこなくなりました。
独立するとは言っていいたけど、仕事をちゃんとしているかどうかさえ、さっぱりわからない。
わたしは一人でとても不安な気持ちになっていました。
この先、どうなってしまうのだろう?

しかし時々なのですが、年下男は上機嫌で帰宅し、わたしと話すこともありました。
うつのせいなのかわかりませんが、機嫌のいい時と悪い時の差がとても激しい。

「まだわたしのことを思っていてくれてるのかも」と錯覚することもありましたが、あくる日はまた不機嫌。
そのギャップにより、わたしは混乱させられました。

東日本大震災3.11のときは希望が戻ったかと錯覚

そんな日が続いていたところに、2011年の3月11日の東日本大震災が起きました。
わたしは勤め始めた会社で被災、彼はどこかへ外出中。
深夜にやっとの思いで帰宅すると、年下男はベッドに寝こんでいました。
わたしが今日あった事を話そうとしても、「ムリ」とベッドから出る様子はありませんでした。
こんな大変な日だったので話を聞いて欲しかったのに…。
同じ部屋にいても寂しい気持ちでいっぱいでした。

3.11の直後、交通機関が不安定だったため、年下男から意外な提案がありました。

年下男の実家がわたしの職場に近かったため
「うちの実家からしばらく通えばいい」と言いだしました。

正直、とまどいました。
今まであまりいい感じではなかったのに、どうして親切にするのだろう?
「もしかしたらまた、出会ったころのように仲良くなれるのかも」と期待してしまいました。

しかしその期待は見事に打ち砕かれました。
最初は年下男の実家で何日かいっしょに過ごしましたが、しだいに年下男はだんだん来なくなりました。わたしも早々に元の生活に戻りました。

数日間泊めてくれたご家族には感謝ですが、わたし一人でしたのでアウェイ感があって、ものすごく気を使い、くたくたに疲れてしまいました。(HSPですから)

そして3.11の後から、年下男はますます怒りっぽくなりました。
わたしに怒っているか、別のなにかに怒っているか、寝ているか、家に帰ってこないか。
年下男が家にいても、いなくても、苦しくなりました。

このころのわたしは、精神的にギリギリの状態。

なんとか仕事に行き、業務をこなしていましたが、体にもかなりの異常が出ていました。
ひどい下痢が毎日続きました。
さらには、めまいと手の震えに襲われました。
夕方になると普通に座っていられなくなり、デスクに突っ伏したり、誰もいないところでこっそり休んでいました。

わたしからお金を限界まで絞り出した後、逆ギレする年下男とついに別れる

そんなある日、年下男がめずらしく帰ってきた時のこと。

またもや、「お金を貸してほしい」と言ってきました。

あまりのショックで胸が苦しくなりました。
こんなに2人の関係が良くないのに、そんなことは気にせず、お金を借りることしか考えていないなんて…。

今まで、すでに彼にたくさん貸してきました。

今まではすぐに受け入れてきましたが、もう、言い返さずにはいられませんでした。

「今までたくさんお金を貸してきたし、まだ返してもらっていない。もうこれ以上、貸したくない」
と拒否したところ、年下男は激怒。

「ちゃんと事業で利益を上げて返すって言ってるでしょ!今までの分の借用書だって作ってやるわ!」と逆ギレ。

年下男は怒りをあらわにしたまま、すぐさまPCに向かい、ガチャガチャと激しくにキーボートを叩き、借用書をつくりはじめました。

わたしはもう、完全におかしくなっていました。
心には不安や悲しみ、恐怖でいっぱいでした。
冷静な判断ができるような状態ではありませんでした。

そのため結局、貸すことに同意してしまいました。

年下男は借用書を突きつけてきて、
「借用書を書かせるような、パートナーを信用してくれないきみにはがっかりだ、関係が悪くなったのは君のせいだ」と責めました。
わたしは本当に恐ろしくなりました。

数日後、彼は「君のせいで別れる」と一方的な別れを告げてきました。
なんて論理なんだと思いました。

年下男はわたしのお金で借りることができた事務所兼住まいから、もう、二度と戻りませんでした。

後悔、劣等感、自己否定、メンタル崩壊、体調最悪

同棲関係が完全に終わり、わたしのメンタルも崩壊しました。
お金を貸してしまった自分を責めまくりました。

「なんでお金を貸してしまったんだろう…。わたしのバカ」
「なんで言い返せなかったんだろう…。」
「違和感を感じたときにどうして別れなかったの?」
「わたしってダメなヤツ…。」
「一生懸命貯めたお金も失ってしまった、どうしよう…。」

自分のダメさを人に打ち明けることができなかったので、誰にも相談できず、自分を責め続けました。
わたしには後悔と自己否定感と、残高のすっかり減った通帳だけが残りました。

下痢とめまいもさらに悪化。
今まで花粉症などなかったのに、突然の発症で眼のかゆみがとまりません。
1日の仕事を終え、なんとか地下鉄に乗り、家までの道をふらふらとやっとの思いで帰宅すると、服のままベッドにドサリと倒れこむ日々。
体に力が入りませんでした。
このような日が続きました。

ダメンズ年下男と勇気をふるって対決

恐ろしい年下男とはもう2度と、連絡を取りたくありませんでしたが、借金返済のことが残っていました。

自分の後悔を埋め合わせるためにも、少しでも年下男からお金を返済させることで自分を救おうとしました。

年下男の両親に会いに行き、泣きそうになりながらやっとのことで事情を説明。
ですが自分のふがいなさに情けなくなり、すべてを話すこともできず…。
年下男の両親も「大人同士で決めたことだから」という正論を言うばかりで、わたしの助けにはなりませんでした。

法テラスで弁護士にも相談しました。
女性弁護士に気持ちを話すことでいくらかラクになりましたが、借金返済の確実で今のわたしにできる現実的な手段は見つかりませんでした…。

いつしか借金返済の催促メールをしても年下男は無視することが起こりはじめました。

年下男に連絡するのはとても怖かったので、年下男の母親に電話しました。(母親に電話するのも怖かったですががんばらないと!と思いました)

「息子さんの支払いが遅れていて困っている、あなたから伝えてほしい」と連絡した後、年下男から怒りの電話がかかってきました。

「君がうちの親に電話するなら、僕も君の親に連絡する」と脅迫。

わたしの親は田舎の素朴な人たちなので、口の達者な年下男からあれこれ言われたらとても困惑してしまうでしょう。

借りたお金を返さないのはあいつなのに、なんて卑怯なヤツ。

わたしはついに決意しました。

「こんなヤツにおびえるのは、もうやめよう」と。
「怖いけど、年下男と対決しよう」と。
「相手の怒りのパワーに負けない」と。

怖くて仕方がありませんでしたが、年下男に思い切って電話をかけました。
電話をかける時間は朝と決めました。
夜に電話してもおそらく無視されるけど、朝なら寝ぼけて電話に出るだろうと、そこまで考えました。

「プルルルル」と発信音が鳴っている最中、わたしは本当に怖かったです。
だけど、やるしかない。
怖いけど、ヤツと戦うしかない。
でないと、わたしは次に進めない。

年下男は寝ぼけた声で電話に出ました。
「はい?今は都合がわるいから、じゃあ」
とすぐ切られそうになりました。

わたしは年下男のペースに負けてなるものかとがんばりました。

「ちゃんとお金を返済して。期日が過ぎてるよ」とわたし。
「今はお金がないから返せない」と年下男。
「じゃあ、いつ返せるの?何日か言って?」とわたしは負けずに詰めました。

「10日までに先方が支払う予定だから、その日に払う」と年下男。

「じゃあ10日に確認するから、入ってなかったらまた電話する」とさらに詰めたわたし。

電話を切った後、ガクッと力が抜けました。
同時に、体の奥からパワーがわいてきました。

私だってやればできる、強くなることが出来るんだ!

「よくやったよ、怖かったのに言えたね!えらいよ!」
と自分をほめてあげました。

年下男の電話対応の声はものすごく、冷たーいものでした。
お金を借りた方が立場が強くなり、貸してしまった方が立場が弱くなるっていうけど、こういうことか。

それでも、「あんなに嫌なヤツに、よく立ち向かえたよ!」と思えたのです。

このとき
「自分はやればできる、強くなることが出来るんだ!」と感じました。
それがきっかけで、じょじょに自分を取り戻していくことになりました。

結局、ダメンズ年下男は、お決まりの通り、借金を完済しませんでした。
返済が始まってから数か月後
「僕には支払い義務はないからもう支払わない」と言ってきました。

そのころには、すでにわたしは自分のやりたい道を見つけ、そちらに進み始めていたので、年下男にエネルギーを1ミリも使いたくありませんでした。
あんなサイテーの嫌なヤツにこれ以上かかわりたくありませんでした。

電話番号削除、ラインもブロックし、わたしの生活から年下男を抹消しました。

高い高い勉強料でした。

しかし、この経験を通してわかったことがありました。

「わたしの自己否定感によりダメンズを引き寄せてしまったこと」
「ダメンズと出会ったことでいろいろ気づけたこと」
「自分の感情を押し込めてはいけないこと」
「怒りのエネルギーはわたしの天敵であること」
「自分は嫌なヤツとも戦える強さがあること」

そして、決心したこともあります。

「結婚に逃げるのは止めよう」
「怒りのエネルギーとは距離を置くか戦おう、もう流されるのはやめよう」
「行動力をもっと身につけよう」
「自分のやりたいことを見つけよう」
「もっと幸せになろう」

それからわたしの自分を見つめる旅が始まりました。

HSPなのに、このときはほんと、よくがんばったよ、わたし…。

そしてこの次は、ついに、自分を見つめる旅の道中で大好きになっていく今のだんなさんとも出会えたのです。
(出会ったときの最初の印象はイマイチでしたが 笑)

次は相次ぐ失敗からようやく復活に向かう物語です。

【HSP結婚体験パート1】おつきあいしたことないのに突然結婚!

こちらは楽しい元気の出る話ですからぜひごらんください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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★毎日お昼に踊りながらこんなリード動画出してます
・発達障害夫は店内で大声で叫んでも平気問題
・発達障害夫にはどうせ言ってもわかってもらえない問題
・発達障害夫は「使った食器が溜まるまで洗わなくていい」と言い張る問題
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・男性は結婚したら妻の幸せなんて知らん問題
・発達障害夫の好き勝手あばれホーダイ問題
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